「1枚1ドルのCD」杉谷昭人
ちょっと覗くだけのつもりだったレコード店で、ふところ具合も忘れて、ついつい買ってしまうものがある。CDである。それも、今は人気の最新録音などではなく、私の場合はいつも、古い時代のレコードの復刻盤というやつだ。
父が大切にしていたシューベルトの「未完成」は、何枚組だったのだろう。母が毎日のように聴いていた「アルベニスのタンゴ」は、誰の演奏だったのだろう。私が小学校に入学したころ、昭和16年(1941)の記憶である。
戦後、LPの時代になってからも、教員の安月給では、いつでも好きなものを買うというわけにはいかなかった。リール式のテープレコーダーが出始めたころは、友人からLPを借り集めて、せっせと録音に励んだものだ。
私はながいあいだ詩を書きつづけてきたが、文学というより言葉そのものに関心がある人間にとっては、同時代の音楽や美術への関心も同じ程度に、いや、時によってはそれ以上に意味を持つものだと考えている。人間の感性に直接的に訴えかける力において、文学はとても音楽にかなわない。
著作権切れのせいもあってか、戦前に録音された名曲・名演奏家の復刻CDが、輸入盤なら1枚1ドルで手に入るこのごろである。きょう手に入れたのは、指揮者K・ベームの10枚セット盤で、録音年は「1938~1942」となっているから、私がこれらのレコードを聴いているはずもないが、自分がこの時代にはもうこの世に生まれていたのだと思うと、なにかちょっぴりうれしくなってくる。今年の宮崎国際音楽祭も、もう間近である。
杉谷 昭人
1935年、朝鮮半島生まれ。敗戦後、宮崎市に引揚げ。宮崎大宮高校、宮崎大学学芸学部卒。
高校在学中より詩作をはじめ、神戸雄一、谷村博武、渡辺修三らに師事。
1958年、本多利通らと詩誌「白鯨」「赤道」に拠る。
1991年、第5詩集「人間の生活」にて第41回H氏賞受賞
2008年、第9詩集「霊山」にて第36回壷井繁治賞受賞
2010年、詩「広すぎる食卓」にて2010東京詩祭賞受賞
1993年、宮崎県文化賞(芸術部門)受賞
1997年、詩論集「詩の起源」にて第7回宮日出版文化賞受賞
現在、鉱脈社にて書籍の編集に当たる。宮崎日日新聞にて文芸月評「紡がれることば」執筆