令和3年2月28日(日)、宮崎大宮高校体育館にて、令和2年度弦月同窓会入会式が行われました。
今年度は普通科と文科情報科の生徒あわせて346名が新たに弦月同窓会の仲間になりました。
式では、弦月同窓会の内藤会長から挨拶があった後、生徒代表の荒武千紘さんに卒業記念品が授与されました。
続いて、入会者を代表して明松英伸さんが挨拶を行いました。
内藤会長からの挨拶と、入会者代表挨拶をご紹介いたします。
■会長挨拶
目には全く見えない人類をおびやかしている、新型コロナウイルスの発生から一年が過ぎ、未だ明るい兆しが全く見えない毎日です。
日本を代表する花、梅の花、桜の花が世界のこのコロナ禍を全く知らずに、今年も開花しようとしています。そうです、梅の花も、桜の花も2月3月は日本の伝統的な学校行事である、卒業式、入学式を豪華に祝福してくれる愛される花です。
しかし、現実を見てみる時、社会は大きなコロナ禍の真っ最中です。皆さんは、特にこの1年間、大変な状況の中で学校生活を送ってこられました。高校生活の最高の充実した3年生として、大きな夢を持ち、その実現に向かって3年生になりましたが、その1年間は、学業生活も閉ざされ、高校生活最後の楽しみの体育祭、文化祭、部活動等大きな制限の中で過ごされてきました。
さらに、大学入試、就職活動等、大変な苦労の中でチャレンジされました。誠に、従来の3年生が味わうことがなかった不利な状況の中で、明日の卒業式を迎えることになりました。
ベートーベンは世界最高の作曲家として、「第9交響曲」を作り、世界中の人々から愛され、今でも世界中で作品が演奏されています。ご存じの通り「合唱付き」として、第4楽章は声高らかに歌われます。「悩みを貫きて歓喜を知ろう!」この演奏に、多くの人が勇気づけられています。苦しい現実を乗り越えるためには、人間が持っているチャレンジ精神と創意工夫こそが大切です。世界中の医療関係者をはじめ、生活の営みをしているあらゆる職業の人々が、もがきながらも頑張っています。阪神・淡路大震災、そして東日本大震災は、果たして日本は立ち上がれるのか、大きな不安の連続でした。しかし、地元の方々の努力と、日本は一つという協力精神が、その後の復興への道を開こうとしています。そのような復興への推進力となったのが、高校生を中心とした若者の力でした。高校生が、自分たちも苦しいのに、明るく、高らかな合唱をする光景でした。そして積極的に動くボランティア活動であったと聞いています。若い人の持っている力は、私ども高齢者にはない「生きる力」を社会に与えてくれます。
大学入学共通テストの問題が、新聞紙上に大きく、全面的に、そして拡大鏡で見ないとわからない活字で掲載されていました。まったく理解ができない私ですが、昔と違って、ただ単なる知識を問うのではなく、知識の上に、思考力、判断力、表現力を問う問題であったと思います。英語ではLINEでの対話の場面も問われていたようです。時の流れに積極的にチャレンジしていく勇気も必要だなあと思うことでした。このような共通テスト問題に、全教科チャレンジしていく皆様を、改めて尊敬し、「若さ」という今でなくては味わえない財産を大切にし、このコロナ禍での社会を生き抜いてほしいと思います。
宮崎大宮高等学校弦月同窓会は、宮崎県内では最大で、最も伝統のある同窓会です。会員は全国にまたがり、5万人を有する、全国でも有数の同窓会です。
明日、皆様は卒業します。それぞれの進路に別れていき、新しい人生のスタートを切ります。宮崎大宮高等学校で学んだ経験は、どの進路に進まれようとも、貴重な財産として生きてきます。
社会に出て、全く未知のところで、ふと宮崎県出身のある人に出会います。「あなた出身は?」「宮崎県です」「高校は?」「宮崎大宮高校です」「あっそう!私もですよ!」この言葉が出てきたとたんに、未知であったその人とあなたとの関係はぐっと近づき、親しみが出てきます。これこそが、同窓会の良さであるのではないでしょうか。月刊雑誌の「文藝春秋」に「同窓会交歓」という伝統的な写真記事があります。そのほとんどが高校時代の交歓のようで、社会に出ても、高校時代の3年間の思い出は最高のようです。
今までのどの卒業生よりも、コロナ禍の中での高校生活を過ごされたことは、苦労があったからこそ、密度の濃ゆい思い出になることでしょう。
心から、皆様の宮崎大宮高等学校弦月同窓会への入会を歓迎したします!
令和3年2月28日
宮崎大宮高等学校弦月同窓会
会長 内藤 泰夫
■入会者代表挨拶
私たち第73回卒業生の同窓会入会に際しまして、心強いお言葉をいただき、ありがとうございました。
明日、私たちは、この宮崎大宮高等学校を卒業し、弦月同窓会の仲間入りをさせていただきます。長い伝統を持つ弦月同窓会の一員になれますことを、心より嬉しく思います。
思い起こせば、3年前の春。私たちは、大宮生の一員となった喜びと誇りを胸に入学式を迎えました。あの日から今日までの3年間は、宮崎大宮でなければ味わえなかった感動と、達成感のある毎日でした。生徒の自主性を重んじ、信頼して様々なことを任せてくださった先生方の温かなご指導に感謝しています。また、大宮での貴重な3年間の思い出を共有できる仲間に出会えたことにも、感謝と喜びを感じています。
さて、高校生活最後となるこの1年は、新型コロナウイルスの流行により、様々な場面で「新しい日常」への対応を求められてきました。これからの社会においては、想定外の事態にどのように対応していくか、このことを常に考えていかなくてはなりません。ますます柔軟な対応力が求められることでしょう。未知の問題や予測できない局面に遭遇したときに重要なことは、自ら問題に向き合い、解決の糸口を探り、実行していく力だと思います。私たちは、大宮の校是である「自主・自律」の精神が育まれています。自主・自律の精神を持つ私たちは、周りの環境に対して受け身の姿勢で日々を過ごすのではなく、自ら考えて行動を起こし、新たな自分らしさを創り出す力があると自負しています。きっとこの1年の経験をプラスに変えてみせます。
この歴史ある宮崎大宮高等学校で学んだこと、そして弦月同窓会の先輩方が受け継いでこられた伝統を道標に、志を高く持って努力することをお誓いして、同窓会入会の挨拶と致します。
令和3年2月28日
第73回卒業生代表
明松英伸
令和2年秋に予定しておりました創立132周年弦月同窓会総会及び懇親会は、新型コロナウイルスの影響により、中止することとなりました。
中止と判断した経緯などにつきましては、添付の内藤会長挨拶をご覧ください。
創立132周年弦月同窓会総会・懇親会中止のお知らせ (会長挨拶)
東京弦月会では、2020年8月22日(土曜日)に開催を予定しておりました「第38回東京弦月会・同窓会」につきまして、中止することといたしました。
中止と判断した経緯などにつきましては、添付のPDFファイルをご参照ください。
東京弦月会 総会及び同窓会中止のお知らせ(R2.5.5付)
福岡弦月会では、2020年6月20日(土)に開催を予定しておりました「定時総会及び懇親会」につきまして、中止することといたしました。
新型コロナウィルスの感染拡大防止、御参加いただく皆様の健康や安全面を第一に考え、このような決定に至りました。
想定を上回る緊急事態に苦渋の決断をせざるを得ない状況となり、楽しみにしていた福岡弦月会の皆様には、大変ご迷惑をお掛けいたしますことを、深くお詫び申し上げます。
尚、次回は2021年6月19日(土)を予定しております。
内容:
令和元年11月8日に開催されました「創立131周年弦月同窓会総会・懇親会」の際に、参加者にアンケートをおこないました。
参加された同窓生の声をご覧ください。
◎インタビュー内容
氏名:藤本 彩乃(ふじもと あやの)
卒回:大宮59回卒
ご質問1:
高校時代の修学旅行や体育祭、弦月祭等で1番思い出に残っていることを教えてください。
ご回答1:
1番の思い出を何にするか迷うところですが、2・3年生の春に、2年連続で1年生の歓迎遠足実行委員を務めたことを覚えています。大宮高校では、それぞれの行事で生徒会総務の役員が動くだけでなく、それ以外の生徒で実行委員会を立ち上げて、行事を作り上げていました。当時は、深く考えることなく楽しみながらやっていましたが、大人になって振り返ると、そのような実行委員に立候補する生徒がたくさんいること、生徒の意見をきちんと通してサポートして下さっている先生方の力、協力してくれる全校生徒、全てが大宮高校だったからこそだと感じます。
ご質問2:
今だから語れる校則違反や悪いことをしたことなどを教えてください。
ご回答2:
当時、部室へは放課後に職員室から鍵を借りてしか入ってはいけないことになっていたのですが、私の所属していたテニス部では合鍵を作っており、時々、休み時間に荷物を取りに行っていました。私は、部室に荷物を置くことはなく、めったに休み時間に行くことはなかったのですが、一度だけ忘れ物に気が付いて、部室に行った際に体育の先生に見つかってしまい、きっちり叱られました。
ご質問3:
高校時代に1番思い出深い場所はどこですか?またのその理由を教えてください。
ご回答3:
理科棟でしょうか。私のクラスには、文系と理系がどちらもいたため、理系は、ほとんどの授業を自分の教室以外の部屋で受けていました。10kg以上はあった教材の入ったカバンを持って1日中校内をぐるぐる移動するのが日常でした。中でも理科棟には頻繁に行っており、化学と生物と世界史の授業まで受けていたはずです。
ご質問4:
卒業後に達成、経験した偉いこと、珍しいことなどを教えてください。
ご回答4:
2年半前より宮崎県の県立高校で働いております。恩師と一緒の学校で働いたことはまだありませんが、出張先でお会いしたり、恩師をご存知の先生から話を聞いて盛り上がったりすることが多々あります。いずれ、恩師と同じ学校で勤務出来る日が来ると思います。その時に、自慢の教え子だと言っていただけるよう、精一杯頑張ります。
◎インタビュー内容
氏名:元日田(がんにちだ) のぞみ
卒回:大宮59回卒
ご質問1:
高校時代の修学旅行や体育祭、弦月祭等で1番思い出に残っていることを教えてください。
ご回答1:下記にご記入ください。文字数の制限はありません。
体育祭や弦月祭など、どの行事も全て楽しかったと記憶しております。特に、イギリスへの修学旅行は私にとって初めての海外渡航となり、特別な思い出です。ロンドン行きの機内で、大宮高校出身の操縦士が私たち大宮生に向けてアナウンスをしてくださったことが非常に嬉しく、感動しました。また、クラスメイトとのイギリス観光や異文化体験、ホームステイなどはとても有意義で、高校時代に貴重な経験をすることができて良かったです。私たちのために、授業の合間に準備をしてくださった当時の教職員の皆さま、大宮高校に感謝しております。
ご質問2:
今だから語れる校則違反や悪いことをしたことを教えてください。
ご回答2:下記にご記入ください。文字数の制限はありません。
したかもしれませんが、覚えておりません。朝課外があり午前中にお腹が空くので、早弁をしていました。よく友達のお弁当も食べていました。(笑)
ご質問3:
高校時代に1番思い出深い場所はどこですか?またのその理由を教えてください。
ご回答3:下記にご記入ください。文字数の制限はありません。
体育館横の階段です。部活の休憩中にそこで水分補給をして先輩と話したり、昼休みに友達と座ってのんびり過ごしたりしていました。
ご質問4:
卒業後に達成、した偉いこと、珍しいことなどを教えてください。
ご回答4:下記にご記入ください。文字数の制限はありません。
航空会社に勤務し、B787のデリバリーフライト乗務を経験しました。デリバリーフライトとは、航空会社が(航空機を発注し、)受領した航空機を米ボーイング社から本拠地の空港へ輸送するフライトのことです。搭乗するのは約20名(ボーイング社の関係者、航空会社の契約担当者、パイロット、整備士、客室乗務員など)のみで、お客様は搭乗しません。飛行機を輸送するだけではなく、飛行機が正常に機能しているかチェックしながらのフライトとなるので、緊張感をもって各々の役割を果たしていました。そして、新車の匂いが漂う機内で、新しい飛行機を持ち帰ることできる喜びと興奮を実感した思い出に残る13時間のフライトでした。
◎インタビュー内容
氏名:中船木 大和(なかふなき やまと)
卒回:大宮59回卒
ご質問1:
高校時代の修学旅行や体育祭、弦月祭で一番思い出に残っていることを教えて下さい。
ご回答1:
僕の中では2年生の時の体育祭が一番思い出に残っています。応援団のリーダーをすることで深く体育祭に関わることが出来たからです。放課後、リーダーだけで集まり、暗くなるまで応援の練習をしたことを覚えています。他のクラスとの関りも持て、交友関係も広がりました。その繋がりで、他のクラスのリーダーにほろ苦い恋をしたのは良き思い出です。(笑)
ご質問2:
今だから語れる校則違反、悪いことを教えて下さい。
ご回答2:
僕は模範的な優等生だったと思います!というのは冗談ですが、授業中によく居眠りをして怒られていました。しかも双子の兄弟も隣のクラスでよく居眠りをしていたので、居眠り兄弟として少し名が通っておりました。その反省があるので、会社の会議では絶対に居眠りすることはありません!
ご質問3:
高校時代の一番思い出深い場所、その理由を教えて下さい。
ご回答3:
やはり僕はテニスコートがとても思いで深いです。
ソフトテニス部のキャプテンとして部活動に打ち込んでおりました。同級生のメンバーがなかなか部活動に出てこず、放課後に入るとすぐに順番にクラスを回って一人一人呼んで連れて行っていたのは今は笑い話です。僕が在籍しているときにテニスコートが新しくなり、すごく高揚して球を打っていたのを覚えております。
最後の総体でずっと勝てないと言われていたライバル校に勝つことが出来た瞬間は感動で震えました。
ご質問4:
卒業後に達成・経験した偉いこと、珍しいことを教えて下さい。
ご回答4:
すごく偉いことをしたということではありませんが、自身で貴重な経験をしたことは西日本豪雨で被災した福岡県朝倉市のボランティア活動です。テレビの中の出来事として我が事としてあまり捉えていなかった自分がいたのですが、そこから視点が変わり自分に何が出来るかを考えるようになりました。今後もその考えはいろいろなことに活かせていけると思っています。