弦月同窓会 総会及び懇親会中止のご案内

弦月同窓会 総会及び懇親会中止のご案内

 令和2年秋に予定しておりました創立132周年弦月同窓会総会及び懇親会は、新型コロナウイルスの影響により、中止することとなりました。

 中止と判断した経緯などにつきましては、添付の内藤会長挨拶をご覧ください。
 創立132周年弦月同窓会総会・懇親会中止のお知らせ (会長挨拶)

 category:同窓会関連category:新着情報 2020.06.19(金)

東京弦月会 総会及び同窓会中止のご案内

 東京弦月会では、2020年8月22日(土曜日)に開催を予定しておりました「第38回東京弦月会・同窓会」につきまして、中止することといたしました。
 中止と判断した経緯などにつきましては、添付のPDFファイルをご参照ください。
東京弦月会 総会及び同窓会中止のお知らせ(R2.5.5付)

 category:同窓会関連category:新着情報 2020.05.11(月)

福岡弦月会 定時総会及び懇親会中止のご案内

 福岡弦月会では、2020年6月20日(土)に開催を予定しておりました「定時総会及び懇親会」につきまして、中止することといたしました。

 新型コロナウィルスの感染拡大防止、御参加いただく皆様の健康や安全面を第一に考え、このような決定に至りました。

 想定を上回る緊急事態に苦渋の決断をせざるを得ない状況となり、楽しみにしていた福岡弦月会の皆様には、大変ご迷惑をお掛けいたしますことを、深くお詫び申し上げます。
 尚、次回は2021年6月19日(土)を予定しております。

 category:同窓会関連category:新着情報 2020.04.14(火)

陶芸家・美術家である髙森暁夫氏の紹介。

  陶芸家・美術家の髙森暁夫氏(大宮21回卒)をご紹介します。
  髙森氏は、昭和25年に延岡市で生まれ、その後宮崎市へ移り、宮崎西中、宮崎大宮高校、武蔵野美術大学短期大学部工芸デザイン科を卒業され、現在は米国ワシントン州シアトルを拠点にワシントン大学の教授を務めながら、米国とヨーロッパを中心に活躍されています。
 これまで陶芸家として、いくつものお皿・湯呑・ティーポット・花瓶といった伝統的な焼き物を創作されており、その作品には自由な色使いと伸びやかな線など髙森暁夫氏の独特の世界感があります。また、1990年代後半からは等身大の人物像を創りはじめ、これは焼き物による彫刻とも言えるもので、この彫刻的な作品により髙森暁夫氏は、米国やヨーロッパを中心に、よく知られた陶芸家となりました。
同窓会員の皆様、機会があれば是非、同窓生の髙森暁夫氏の作品をご覧下さい。

 髙森暁夫君紹介記事
  

 category:宮崎の動きcategory:新着情報 2019.11.21(木)

創立131周年弦月同窓会総会・懇親会でのアンケート

内容:
令和元年11月8日に開催されました「創立131周年弦月同窓会総会・懇親会」の際に、参加者にアンケートをおこないました。
参加された同窓生の声をご覧ください。


◎インタビュー内容
 氏名:藤本 彩乃(ふじもと あやの)
 卒回:大宮59回卒

ご質問1:
  高校時代の修学旅行や体育祭、弦月祭等で1番思い出に残っていることを教えてください。

ご回答1:
1番の思い出を何にするか迷うところですが、2・3年生の春に、2年連続で1年生の歓迎遠足実行委員を務めたことを覚えています。大宮高校では、それぞれの行事で生徒会総務の役員が動くだけでなく、それ以外の生徒で実行委員会を立ち上げて、行事を作り上げていました。当時は、深く考えることなく楽しみながらやっていましたが、大人になって振り返ると、そのような実行委員に立候補する生徒がたくさんいること、生徒の意見をきちんと通してサポートして下さっている先生方の力、協力してくれる全校生徒、全てが大宮高校だったからこそだと感じます。

ご質問2:
  今だから語れる校則違反や悪いことをしたことなどを教えてください。
ご回答2:
当時、部室へは放課後に職員室から鍵を借りてしか入ってはいけないことになっていたのですが、私の所属していたテニス部では合鍵を作っており、時々、休み時間に荷物を取りに行っていました。私は、部室に荷物を置くことはなく、めったに休み時間に行くことはなかったのですが、一度だけ忘れ物に気が付いて、部室に行った際に体育の先生に見つかってしまい、きっちり叱られました。

ご質問3:
  高校時代に1番思い出深い場所はどこですか?またのその理由を教えてください。

ご回答3:
  理科棟でしょうか。私のクラスには、文系と理系がどちらもいたため、理系は、ほとんどの授業を自分の教室以外の部屋で受けていました。10kg以上はあった教材の入ったカバンを持って1日中校内をぐるぐる移動するのが日常でした。中でも理科棟には頻繁に行っており、化学と生物と世界史の授業まで受けていたはずです。

ご質問4:
  卒業後に達成、経験した偉いこと、珍しいことなどを教えてください。
ご回答4:
  2年半前より宮崎県の県立高校で働いております。恩師と一緒の学校で働いたことはまだありませんが、出張先でお会いしたり、恩師をご存知の先生から話を聞いて盛り上がったりすることが多々あります。いずれ、恩師と同じ学校で勤務出来る日が来ると思います。その時に、自慢の教え子だと言っていただけるよう、精一杯頑張ります。

 

◎インタビュー内容
 氏名:元日田(がんにちだ) のぞみ
 卒回:大宮59回卒

ご質問1:
  高校時代の修学旅行や体育祭、弦月祭等で1番思い出に残っていることを教えてください。

ご回答1:下記にご記入ください。文字数の制限はありません。
  体育祭や弦月祭など、どの行事も全て楽しかったと記憶しております。特に、イギリスへの修学旅行は私にとって初めての海外渡航となり、特別な思い出です。ロンドン行きの機内で、大宮高校出身の操縦士が私たち大宮生に向けてアナウンスをしてくださったことが非常に嬉しく、感動しました。また、クラスメイトとのイギリス観光や異文化体験、ホームステイなどはとても有意義で、高校時代に貴重な経験をすることができて良かったです。私たちのために、授業の合間に準備をしてくださった当時の教職員の皆さま、大宮高校に感謝しております。

ご質問2:
  今だから語れる校則違反や悪いことをしたことを教えてください。
ご回答2:下記にご記入ください。文字数の制限はありません。
  したかもしれませんが、覚えておりません。朝課外があり午前中にお腹が空くので、早弁をしていました。よく友達のお弁当も食べていました。(笑)

ご質問3:
  高校時代に1番思い出深い場所はどこですか?またのその理由を教えてください。

ご回答3:下記にご記入ください。文字数の制限はありません。
  体育館横の階段です。部活の休憩中にそこで水分補給をして先輩と話したり、昼休みに友達と座ってのんびり過ごしたりしていました。

ご質問4:
  卒業後に達成、した偉いこと、珍しいことなどを教えてください。
ご回答4:下記にご記入ください。文字数の制限はありません。
  航空会社に勤務し、B787のデリバリーフライト乗務を経験しました。デリバリーフライトとは、航空会社が(航空機を発注し、)受領した航空機を米ボーイング社から本拠地の空港へ輸送するフライトのことです。搭乗するのは約20名(ボーイング社の関係者、航空会社の契約担当者、パイロット、整備士、客室乗務員など)のみで、お客様は搭乗しません。飛行機を輸送するだけではなく、飛行機が正常に機能しているかチェックしながらのフライトとなるので、緊張感をもって各々の役割を果たしていました。そして、新車の匂いが漂う機内で、新しい飛行機を持ち帰ることできる喜びと興奮を実感した思い出に残る13時間のフライトでした。


◎インタビュー内容
 氏名:中船木 大和(なかふなき やまと)
 卒回:大宮59回卒

ご質問1:
高校時代の修学旅行や体育祭、弦月祭で一番思い出に残っていることを教えて下さい。

ご回答1:
僕の中では2年生の時の体育祭が一番思い出に残っています。応援団のリーダーをすることで深く体育祭に関わることが出来たからです。放課後、リーダーだけで集まり、暗くなるまで応援の練習をしたことを覚えています。他のクラスとの関りも持て、交友関係も広がりました。その繋がりで、他のクラスのリーダーにほろ苦い恋をしたのは良き思い出です。(笑)

ご質問2:
今だから語れる校則違反、悪いことを教えて下さい。

ご回答2:
僕は模範的な優等生だったと思います!というのは冗談ですが、授業中によく居眠りをして怒られていました。しかも双子の兄弟も隣のクラスでよく居眠りをしていたので、居眠り兄弟として少し名が通っておりました。その反省があるので、会社の会議では絶対に居眠りすることはありません!

ご質問3:
高校時代の一番思い出深い場所、その理由を教えて下さい。

ご回答3:
やはり僕はテニスコートがとても思いで深いです。
ソフトテニス部のキャプテンとして部活動に打ち込んでおりました。同級生のメンバーがなかなか部活動に出てこず、放課後に入るとすぐに順番にクラスを回って一人一人呼んで連れて行っていたのは今は笑い話です。僕が在籍しているときにテニスコートが新しくなり、すごく高揚して球を打っていたのを覚えております。
最後の総体でずっと勝てないと言われていたライバル校に勝つことが出来た瞬間は感動で震えました。

ご質問4:
卒業後に達成・経験した偉いこと、珍しいことを教えて下さい。

ご回答4:
すごく偉いことをしたということではありませんが、自身で貴重な経験をしたことは西日本豪雨で被災した福岡県朝倉市のボランティア活動です。テレビの中の出来事として我が事としてあまり捉えていなかった自分がいたのですが、そこから視点が変わり自分に何が出来るかを考えるようになりました。今後もその考えはいろいろなことに活かせていけると思っています。

 category:同窓会関連category:新着情報 2019.11.21(木)
ページ先頭へ